はじめに
第九回に続いて、今回も3問の厳選問題について学んでいこう!
今回は『エルミート内積』に関する問題だ。計算が大変な問題が多いがどれも最重要なものだ。
内積の表記については、流儀によって何通りかあるのでここで使う表記を伝えておこう。
\(\mathbb{R}\ or\ \mathbb{C}\) 上のベクトル空間 \(V\) の元 \(\boldsymbol{x}、\boldsymbol{y}\) の内積を、\((\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})\) で表す。
この定義を見て、「ん? これは二次元における座標と同じ表記ではないか!」と思った人がいると思う。なぜ、高校のベクトルの分野で習ったようにドットを用いて、『\(\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y}\)』とあらわさないのだろう?
確かにその通りである。私自身も最初は戸惑ったものだ。
ただ、慣れてくれば2次元の座標と混同することはまずない。そして、何よりカッコでくくってあることによって、どれがベクトルでどれが定数であるかが見た目的にすごく分かりやすくなるという利点がある。
今回の問題で、『内積に関する等式』を証明するのだが、その時に等式の中でどれがベクトルでどれが定数か判断することはとても大事なポイントのなってくるのだ。ぜひ、新しい内積の表記
$$(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})$$にも慣れていってほしいと思う。では、早速やっていこう!
問題.28
\(\mathbb{C}\) の元を成分とする \(m \times n\) 行列全体を \(M_{m,n}(\mathbb{C})\) で表す。\(A、B\ \in\ M_{m,n}(\mathbb{C})\) に対して、演算を
$$(A , B)\stackrel{\mathrm{def}}{=}tr(^{t}\!A\overline{B}) (\in\ \mathbb{C})$$
と定義すると、これはエルミート内積になることを示せ。
ただし、\(A\ \in\ M_{m,n}(\mathbb{C})\) に対して、\(trA\) は \(A\) の対角成分の和を表す。
すなわち、\(A=(a_{ij})\) に対して \(trA=a_{11}+a_{22}+\cdots+a_{nn}\)
エルミート内積とは、\(\mathbb{C}\) 上のベクトル空間 \(V\) において、\(c\ \in\ \mathbb{C}\) と \(\boldsymbol{x}、\boldsymbol{y}、\boldsymbol{z}\ \in\ V\) に対して、次の(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)、(ⅳ)を満たす演算 \((\ \cdot\ , \ \cdot\ ) (\in\ \mathbb{C})\) のことをいう。ただし、\(c\ \in\ \mathbb{C}\) に対して、\(\bar{c}\) は共役複素数を表す。
(ⅰ) ・\((\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y} , \boldsymbol{z})=(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{z})+(\boldsymbol{y} , \boldsymbol{z})\)
・\((\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y}+\boldsymbol{z})=(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})+(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{z})\)
(ⅱ) ・\((c\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})=c(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})\)
・\((\boldsymbol{x} , c\boldsymbol{y})=\overline{c}(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})\)
(ⅲ) ・\((\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})\)=\(\overline{(\boldsymbol{y} , \boldsymbol{x})}\)
(ⅳ) ・\((\boldsymbol{x} , \boldsymbol{x}) \ge 0\)
・ \((\boldsymbol{x} , \boldsymbol{x}) = 0 \Longleftrightarrow \boldsymbol{x}=0\)
問題.29
\(\mathbb{R}\) 上のベクトル空間 \(V\) における(エルミート)内積に対して、
『コーシー・シュバルツの不等式』
$$|(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})| \le \|\boldsymbol{x}\|\cdot\|\boldsymbol{y}\|$$が成り立つことを示せ。
ただし、\(\|\boldsymbol{x}\|\) はベクトル \(\boldsymbol{x}\) のノルムといい、内積を用いて次のように定義されている。
$$\|\boldsymbol{x}\|=\sqrt{(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{x})}$$
問題.30
\(\mathbb{C}\) 上のベクトル空間 \(V\) におけるエルミート内積に対して、
『コーシー・シュバルツの不等式』
$$|(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{y})| \le \|\boldsymbol{x}\|\cdot\|\boldsymbol{y}\|$$が成り立つことを示せ。
ただし、\(\|\boldsymbol{x}\|\) はベクトル \(\boldsymbol{x}\) のノルムといい、内積を用いて次のように定義されている。
$$\|\boldsymbol{x}\|=\sqrt{(\boldsymbol{x} , \boldsymbol{x})}$$
最後に
今回の問題は、式の計算がかなり大変だったと思う。
解答の式全体を見るととても自分にはできそうもないと思われる長い式計算も、部分的に見れば使っている規則は単純なもので、それを繰り返し使って結果的に長くなっているだけだということを言いたい。解答にも書いたが使っている計算規則は共役複素数の性質と転置行列の性質、そして内積の性質いくつかである。一度や二度ではスラスラ計算することは難しいが、繰り返し練習すれば当たり前にできるようになるだろう。ぜひ頑張ってほしい。
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